かえるくんのゆかいな日常

かえるのふたりづれが、いろいろなところに旅するブログ。さあ、今日も昼からビールを飲むか...

Entries

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • [No Tag]

ルーツを知りたい、ドイツ編

今日の名古屋:晴れのち曇り。-2℃/7℃。

う~ん、ぐっと冷えてます。こういう時はグリューヴァインでも飲みたいものですね。

Gluehwein an Frankfurt am Main

このカップは、その後割ってしまったんだよなあ…

ペンギンさんの2014秋冬シーズンの通常営業は、明日で完全終了ですが、残念ながら特別営業があるので、まだまだ「うあらうぷ」には遠いのです。

本当はほかに仕事があって、こんなことをしている暇はなかったのですが、ネットで何気なく目にした情報がどうしても気になって、ものすごくひさしぶりに、ちゃんとドイツ語を読みました。だからいろいろ間違っているかも。

 --------------------

http://www.sueddeutsche.de/panorama/urteil-des-bgh-spenderkinder-haben-fruehzeitig-recht-auf-vaterschafts-auskunft-1.2324986
南ドイツ新聞電子版 2015年1月28日15:56)

精子提供による子 小さいうちから父を知る権利持つ

○ 連邦通常裁判所は、精子提供による子は、原則として、自らの生物学上の父を教えられる権利を、小さいうちから有する。

○ ドイツには、精子提供による子は10万人程度いるものとみられる。ジビュレ・Sさんは、そのうちの一人だ。彼女は言う。子どもは自己決定できるものであるべきだ。

○ 今回の連邦通常裁判所判決は、精子提供者に関してもいくつかの影響を持つものであり得よう。

(アンナ・フィッシュハーバー(Annna Fischhaber)) 何歳から、精子提供によってもたらされた子は、自らの父の名を知りたいという請求権を有するのか。そして、その情報提供のためには、子どもが一定程度成熟していないといけないのか。否、と、カールスルーエの連邦通常裁判所は、今般、判断した。子どもは、原則として、自らの生物学上の父の名を教えられる権利を、小さいうちから有する。「この権利を有するために、子どもが一定の年齢に達していることは、必要的でない。」と、この判決は判示している。

ドイツには、――他の欧州諸国と違って――精子提供というテーマをめぐっては、なお大きな法的不安定が存在する。今回の事案の原告は、ハノーファー近郊に住む、1997年生まれと2002年生まれの2姉妹であり、彼女らの両親がその代理人であった。この両親は、この姉妹の妹がクリニックで生まれる以前、公証役場を通じて、精子提供者が誰であるか(Identität des Samenspenders)に関する情報を得る機会を得ることはできなかった。ドイツでは、何十年もの間、精子バンクが、契約上、提供者に対して、このように匿名性を保障してきていたのである。

しかし、その後、この家族は決断しなおした。――彼らは、小さいうちからはっきりさせるようにしようとしたのであろう。ハーメルンの区裁判所は、2013年6月、少女らの訴えを認容したが、ハノーファー地方裁判所は異なる見解を有していた。同地裁において、裁判官らは、原告らが自らの出自を知る権利を有効に持ちうるのは、満16歳に達してからだ、と判断したのである。その理由は、子どもは、この年齢に達して初めて、そのような情報を受け取ってどうなるか(die Konsequenzen solch einer Auskunft)を判断し、かつ[その事態を]飲み込む(verarbeiten)ことができるものと考えられるからだ、というものであった。この理由づけを、このたび、連邦通常裁判所が論難した。少女らの上告は功を奏したのである。

精子提供による子の語るところは

ジビュレ・S(Sibylle S.)さんは、ドイツに10万人ほどいるとみられる精子提供による子のひとりである。この女性は、32歳になって初めて、自らの父が父でないと聞かされた。Sさんは自らが父と似ていないように見えることにずっと不審を抱いていて、そこで、白黒つけるには血液型の比較を必要とした。「それはショックだった」と、――8年たった――今日になって、ジビュレさんは語る。「年をとればとるほど悩ましく(schlimm)なってくる。」

Sさんは、自らの両親に対して、この間、一切のコンタクトをとらなかったが、それと同時に、自らの生物学上の父を探す機会もないままだった。「私の両親が子供を欲しいと望んだときの医師は、すでに3年前に亡くなっていた。そして、書類もすべて破棄されていた。」このことでSさんにはわかった。[自らの出自を知るための]年齢制限(Altersbegrenzung)にほとんど意味がないのだと。「父の名を知るのに適切な年齢になれば、どの子どもも、どの家族も、自分のことを自分で決定しなければならない。」

家族療法家で、ドイツ不妊カウンセリング協会理事長(Vorsitzende der Deutschen Gesellschaft für Kinderwunschberatung)のペトラ・トルン(Petra Thorn)氏は、精子提供による家族形成に関して、多数の手引を執筆している。ある本は、出自のことについて、自分たちの子と話し合いたいとする親たちを支援している。この本は、3歳から6歳の子どもを想定して、アイデンティティーの崩壊を防ごうというものである。精子提供による子であるシビュレさんは、次のように言う。「このぐらいの年代の子どもなら、まだ、二人の父が同時に存在することを、たやすく学ぶことができる。18歳になって初めて家族の秘密が暴かれたときには、どのようにしたって、それはショックだ。」

子どもの権利

「子どもの権利は、すっかり大きな重みをもつようになった。」と、連邦通常裁判所民事第7部の裁判長は、口頭弁論の際に強調していた。クリニックの代理人はこれに対して疑念を示していた。すなわち、未成年の姉妹が本当に情報を得たいと思っているのか、――あるいは、親たちも、本当は、生物学上の父のことを尋ねたくないのではないか。娘たち自身による裁判所への出廷は、最後までなかったではないか、と。さらにクリニックの弁護士が続けて言うには、たとえ姉妹がそれを望んでいるにしても、「小さな子供の望むことが何でも合理的か。」

連邦通常裁判所はおそらく異なる見解に立って、年齢制限に否定的な判断を示した。――理論的には、出生の際にはもう、父の名が要求されうる。「親が、自らの子の法定代理人として請求権を主張するとき、その事実は、この情報提供(Auskunft)が、子どものための情報(Information des Kindes)という目的のために要求されていることを前提している。」と、同判決は指摘している。一方で、この姉妹に係る具体的事案としては、ハノーファー地方裁判所に事案を差し戻し、この点に関して改めて判断されるべきものとされた。

法的不安定はなぜ残るのか

子どもには原則として自らの出自を明らかにすることを求める権利があるということは、連邦憲法裁判所が、1989年にすでに判示していたことである。自らの出自の解明は、「一般的人格権(allgemeines Persönlichkeitsrecht)の不可欠の構成要素」であると、当時の憲法裁判所は述べていた。

ハム上級地方裁判所は、このことを、実務に反映させた。――そうして、2013年、21歳のザラ・P(Sarah P.)の要求を認容した。Pさんは、自らの生物学上の父について知る権利をめぐって、ドイツで初めて訴えを起こした人物であった。既に、2007年以降、クリニックには、提供者のデータを30年間保存することが義務付けられている。

連邦通常裁判所の今回の判決は、精子提供者に対しても影響を持ちうるものとなろう。すなわち、年齢制限が低くなればなるほど、より早い時期に、精子提供者は自らの[生物学上の]子から、養育費の支払いを請求されうることになるのである。というのも、精子提供者が原則として扶養請求から解放されることを規定した法律が、ドイツにはまだ存在しないのである。したがって、連邦通常裁判所の今回の判決は、ドイツにおける精子提供というテーマについて、最終解決を与えた(das letzte sein)ものとはいえないと考えられる。

 --------------------------

日本でも同様のことは前から問題になっていると思いますが、ドイツでも解決しきれていない問題なんですね。この分野は、ペンギンさんの専門では必ずしもないので、やっぱり翻訳も、あるいは日本の状況把握も間違えているかもしれないです。

文章中では「ドイツ不妊カウンセリング協会」と訳した(学会の方が適訳だったかもしれません。)Deutsche Gesellschaft für Kinderwunschberatungですが、ウェブサイトでの検索結果をいろいろ見たところ、通称BKiD、正式名称としてはBeratungsnetzwerk für Kinderwunsch Deutschland (ドイツ不妊カウンセリング・ネットワーク)という組織のようです(このページを参照)。

興味深いと思ったのは、この事件の事実上の原告が子どもの親なんですね。子ども自身が自らの出自を知る権利を主張したのかなと思っていたので、意外でした。なお、1997年生まれと2002年生まれの姉妹とあるので、今年(2015年)で18歳と13歳ということのようです。

判決の原文は、こちら…ってやろうとしたけれども、まだ判決書が印刷されてないんだよぉ、待ってくれよぉ、ってBGHが言うから、さしあたり検索画面と、判決当日のプレス発表資料にリンクを貼っておきます。なお、判決の日付は2015年1月28日、民事第7部です。

出自を知る権利の法律構成を語るのは、完全に専門外の話になってしまうので、迂闊なことはいえないのですが、プレス発表資料によれば、ドイツ民法242条の忠実及び信頼の原則を根拠として、ということのようです。それが何なのかは…、民法の専門家に任せよう。

文中に出てくる連邦憲法裁判所の1989年の憲法判例というのは、BVerfGE 79, 256のことのようです。幸いなことに、手持ちのドイツ憲法判例研究会編・ドイツの憲法判例II(第2版、信山社、2006年)の3事件として、光田督良教授による抄訳と解説がありました。

また、文中のハム上級地方裁判所(OLG Hamm)の判決というのは、2013年2月6日に出たらしい。いろいろ検索していたら、たまたま公式サイトの判決書に遭遇しました(こちらを参照)。残念ながら、書誌情報までは、ざっと見ただけでは見つからず。まあたぶん、NJWとかそういうのに掲載されていると思うのですが。

それにしても、ハノーファーとかハーメルンとか、そういう地域が舞台となった事案ですが、せっかく留学していた時期に、結局行きそびれちゃったんですよね、ニーダーザクセン州って。というより、ドイツ国内については、ついにデュッセルドルフベルリンの線を北に超えることがなかったのが残念だ… ハンブルクはもちろんのこと、なんとなく、なんとなくだけど、メクレンブルク=フォアポンメルンとか、シュレースヴィッヒ=ホルシュタインとか、行ってみたかったんですよね。

そうそう、実現は結局させないままになっちゃったんだけど、キールからリトアニアのクライペダ(かつての東プロイセン・メーメル)に行く船に乗って(1泊2日かかるみたいです。)バルト三国をめぐるの、楽しそうでしょ、でしょ!

地中海のフェリーには乗ったんですけど、ね。

Fähre nach Valencia

あっ、そのあたりの話、ブログには全然書いてなかった!
スポンサーサイト
  • [No Tag]

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。