かえるくんのゆかいな日常

かえるのふたりづれが、いろいろなところに旅するブログ。さあ、今日も昼からビールを飲むか...

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ライン三都物語(4)ペンギンさんのドイツ戦後史

今日のチューリヒ:くもり。7℃/8℃。

いよいよ寒くなってきましたが、まだ雪が降るほどの気温ではないのですね。

さて、ドイツに行ってきたお話の続き。ブログではボンを訪れているところです。

ボンには2度行くことになったのでした。要するにベートーヴェンハウスを見逃したから、それを拾いにもう一度お出かけしたということ。最初のお出かけは、ケルンでコンサートをきいてから行動しだして、それもいちいち時間のかかる移動手段を選んでいたから、ボン入りが遅くなったのは当然です。

Bf Suerth

だって、こんな感じのトラムの電車ですもの。

ケルンとボンは25キロくらい離れているそうですが、この二都市間を、なんとトラムが結んでいます。それも2つの系統で。16系統と18系統がそれで、どちらもケルン中央駅の地下線区間を通ります。ここから都心のノイマルクトを経由するので、結構使いでのある路線です。ペンギンさんは16系統のほうを選択してみました。

このトラム、ケルンでは「シュタットバーン」と呼ばれるタイプのものでして、路面電車というよりは、「路面も走る電車」といった感じです。ケルン近郊の一部が併用軌道であるほかは、都心は地下鉄、郊外は専用軌道を、結構なスピードと加速度で驀進します。

そして、意外に景色がいい。

ライン川を隣に見たり…

am Rhein

工場や発電所(それもちょっと特殊な…)のプラントを横目に見たり…

an der Kombinat am Kernkraftwerk

はたまた見渡す限りの農場を横切ってみたり…

Ackerbau

そしてボンの市街地ではまた地下に潜って、ボン中央駅に到着するわけです。それにしてもこの地下駅、妙にきれい。

Bonn Haupbahnhof (U-Bahn)

で、1回目、日曜日に来た時は、ここから少しだけ旧市街を散策してきたわけだけれど、ボンに来てみたらどうしても行ってみたい場所があったから、ベートーヴェンハウスは後回しにして、そっちに向かうことにしたわけです。この時点でボン2回目が決定していたわけでした。

その場所に向かうには、ボン中央駅からUバーンで、さっきのってきた16系統に乗るか、まあいずれにしてもボンのシュタットバーンこと地下路面電車の路線は全部そっちに向かうので、まあどれかに乗っていけば、目指す「ホイスアレー/ムゼウムスマイレ」の駅にたどり着くことができます。

そうしたら、Haus der Geschichteの矢印に向かって歩くだけです。ペンギンさん、ガイドブックの受け売りで、「ドイツ連邦共和国博物館」って言葉のほうを覚えていたから、一生懸命Museum der BRDという感じの文字を探してました…

そうすると、この「歴史館」はこの地下鉄駅に直結しています。

Haus der Geschichte

この入口をちょっと入ると、そこはとても素晴らしいホストが出迎えてくれました。

Auto Bonn Bf (ein Modell)

Salonwagen

まあ、ペンギンさんがどれに興味をもったかは、何となくわかりそうな気がしますが…

この豪華客車は、ナチ時代の1937年に製造され、なんと1990年まで現役だったそうです。とはいっても、晩年はほとんど車庫で昼寝状態だったみたいですが。もともとはゲーリングの御用列車として作られたそうですが、それが戦後も生き延びて、歴代首相の足になっていました。いわばお召列車です。ただ、お召列車とは異なって、普通の急行列車の編成にくっつけて走ったりしていたそうですが。

アデナウアー、エアハルト、キージンガー、ブラントがこの列車を使ったそうで、あとの首相のエピソードは紹介されていませんでした。まあそのころから道路交通にしても航空にしても飛躍的な発達を見せつけ始めたから、仕方がないか… ブラントの歴史的な東独訪問の際にも活躍したとか、そういうことが書いてありました。

特にアデナウアーにはエピソードが多いらしく、彼はこの車両を公的旅行のみならず私的な旅行にも使っていたのだとか。どうしてそんなことが可能だったのだろう… まあ宰相なんだからそのくらいの格式は認めてもいいという気が、ペンギンさんにはするのですが、それはちょっと寛容に過ぎるのかな… まあそうはいっても、こういう権威を伴ったものというのは、権威をもった人が初めて輝きが増すし、そうでなければ政治的にだけでなくて美的にも存在価値はないし、しかも走るだけで人目を引くくらい楽しいものでもあるのだから、やりすぎない範囲で適当に動いてくれるのがいいんじゃないかな、と思ったりします。

さて、この歴史館は入場無料でして、ドイツの戦後史をたっぷり堪能できます。展示スペースは3層に分かれていて、パネル展示が多いのですが、ちょっとした記念物も飾られていて楽しいです。旧東独の展示も充実していて、両者を比較しながら再統一へと進んでいきます。旧東独の社会はそりゃあまりよくはなかったのは確かで、というか、そうでなきゃあんなに大量の亡命者が出るわけはないのですが、それにしてもちょっと冷淡に過ぎるかもしれない展示だな、という気もしました。

ガイドブックの記憶だけで散策していて、終わる時間は19時と認識していたから、16時に入ったペンギンさん、ゆっくり見物…しすぎちゃいました!

戦後詩がメインなので、まずはナチの蛮行とその帰結というところがスタートで、というよりそれをやらない現代史展示がありえないというのがドイツの(いや日本も!?)つらいところですが、終戦直後の非常に困難な時期のことをこれだけ取り上げることができるのもここくらいです。こうやって見ていると、日本は米国の占領によって状況がまだましになった、というよりそうなるほどまで抵抗した…勇敢だけれど無謀だった…わけですが、ドイツの場合は終戦後のほうが生活はひどくなったみたいです。

正面からは語られにくい、東方からの避難民のことの紹介なんかがあったり、あるいは終戦後の政党政治への復帰の過程が展示されていたり、どれも面白いし、なにぶんにも字を読ませる展示が多いから…

気づいたらまだ1階にいるのに、「この建物は18時で占めるからあと15分で見てね☆」なんてアナウンスが流れるから、もう大変。とにかく何が飾られているかをざっと素通りして眺めるだけで終わってしまったペンギンさん。あれ、ガイドブックでは18時ってかいてあったよ? (火曜から金曜までは19時まで、土日は18時までで月曜休館。ちゃんと調べようね、ペンギンさん!)

ペンギンさんのドイツ戦後史は、1940年代で終わりました…

写真が全くないのだけれど、ナチ時代のものは写真撮影禁止(という表示はないのですが、たぶんそう。ちなみに、ナチスの記念品を所持していると、ドイツでは処罰されることがありえます!)だし、ほかの個所でも撮っている人もいないので、残ってないんです。あちゃちゃ…

Haus der Geschichte Bonn

ドイツ連邦共和国歴史館(インゲボルク・リューディガー、ハルトムート・リューディガー、2001年)。

もう外はすっかり暗くなりました。まっすぐ帰ってもいいのですが、いくつか印象的な建物があったので、ざっと眺めてきました。

歴史館の南側には、美術館が並んでいます。さすが「ムゼウムスマイレ」。

Kunstmuseum Bonn Kunstmuseum Bonn

こっちはボン美術館(BJSS建築事務所(ディートリヒ・バンガート、ベルント・ヤンセン、シュテファン・ショルツ、アクセル・シュルテス)、1992)。なかなか意欲的な感じの現代建築。それを挟んで立っているのは、連邦芸術・展示ホールグスタフ・パイヒル、1989)。これもまたいちいち意欲的で、しかしこっちのほうがより我が強いかもしれません。

Kunst- und Ausstellungshalle der BRDKunst- und Ausstellungshalle der BRD

両者の間にはちょっとしたスペースがあって、そこではスケートリンクが設置されていて、人で賑わっていました。

Museumsmeile

↑の左側に見える強烈な光点ですが、これは連邦の美術館のほうの壁に設置されている展示案内のスクリーンでして、今やっている展示は、"Anime! - High Art, Pop Culture"っていうもの。なんか気になりますよね。しかも、いちいち日本語読みの「アニメ」。

スクリーンにはショートフィルムが流れていて(音はない)、少女が街を歩いていて、ちょっと事件発生、変身して空を飛び、もとに戻って彼氏と手をつなぐ、なんていう… もう何と言ったらいいかわからないほど日本的なアニメでした。もう完全にくりーみぃ・まみのノリ(えっ!? ちょっと古いって!?)。作ったの、誰!?

この企画展示は2012年1月8日まで。わっ、気になるじゃないか! これを見るためだけにボンにもう一回行ってもいいかな… 思い立てばすぐにでも行けるんですよね…、思い立つかが問題で。

それにしてもこの建物、とても意欲的で、通りに対しては高い壁を作って、自分たちを防御しています。だから、せっかく美術館がほのかに明るくても、そしてスケートリンクが賑やかであっても、日が暮れた後の日曜の通りはこんな感じ。これを積極的に評価すべきか、そうでないかは、人それぞれだとは思う。

Museumsmeile

この辺り、実は官庁街で、今でも官庁がだいぶ残っているようなのですが、ベルリン移転前にはこのモダンな建築群がドイツの中枢をなして、もっともっと活気があったことは想像に難くありません。ボンの旧市街は今も昔も知う感じなんでしょうが、ここに来るとちょっとさみしくてセンチメンタルな気持ちにもなります。

というわけで、またしても深夜の現代建築巡りをしてしまった…

またしても、ということはその前にもやっていたということで、そのお話は… 次回!(にするつもりだったけど、次回はそこまでたどり着きませんでした。しかもその前におまけ編があるし)

 bbbbbbbbbbbbbbbbbbbb

今回のビール

ボンにもビールがあるのかなと思っていたペンギンさん。ガイドブックに、なんとあるという情報があったので、早速行ってみました。

Boensch

おっ、調子よくご飯も食べているよ。
この、レバーかなんかのソーセージとジャガイモのペーストとアップルのジャムを乗っけた料理、ペンギンさんの比較的小さな胃にも適当なお量で、よかったでした。思いのほかリンゴのジャムのコンビネーションが外していなくて… 12ユーロ位と、そこそこお安いしね。…あれ、ひょっとしてスイスに来てちょっと感覚がくるってきているかも。

肝心のビールのほうですが、甘さや三位はそれほど感じず、苦味はさらに感じないビールで、じゃあ味が薄いかというとそうでも無くて、こくはしっかりしているという、飲みやすいビール。酵母が入っている、要するに白ビールです。白ビールというのにすっきりしていて、ケルシュとはまた別の意味で味わい深い。

実はこの業者さん、創業たったの25年程度ということなのですが、ケルシュを作っているメーカーさんが、ボンにはボンのビールを作ったら受けるんじゃない!?って言うことで始めたらしいのです。ととはいってもビアホールはかなり歴史的な建物で、ひょっとしたらつぶれたハウスブラウエライを買い取ったのかもしれません。

Boensch

ケルシュにはケルシュの細長い200ミリのグラス、じゃあ、ボンにはベンシュのグラスをというのが自慢らしくて、この夜見て、思いのほか気に行って、思わずお土産用に売っているの、買っちゃった。でもその時は現金の残りの都合で1個しか買えなくて、でもこのグラスもう一個やっぱりほしくなっちゃって、で、翌々日にもう一回言ったわけ。今度はテール先生とご一緒して。ベンシュ、二つね!

Boensch

おにいさん、違うよ、それじゃない…
ベンシュのグラスが面白いとテール先生にしゃべっていたものだから、やっぱりそれが見たくてここに来たのだし、200ミリグラスで飲むぶんには15分あれば十分だろうから、じゃあそのあとベートーヴェンハウスねって考えていたのだけれど… お兄さんに違うよって言ったら、「じゃあ2杯目ね」だって。おにいさん、気をきかせて400ミリのジョッキに入れてきたのね。そしてやっぱり気をきかせて、2杯分の200ミリベンシュをもってきたのでした。だから、予期せず600ミリのベンシュを飲むことになり、それで残りの時間が少なくなって、待ち合わせに遅刻…

ここに来るときには、くらいねす・べんしゅ・びって!、でいきましょう。
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